ベレー帽の風景

少年の成長記、或いはその断絶記

波乱のべ冷房(残暑がつらい)

前回の続きなので、響け!ユーフォニアム新刊のネタバレを見たくない奴は即ブラウザバックだ!!

 

 

・・・とはいえいきなり本題から入るのもなんだから、近況の報告でもします

 

10月末に京都で開かれる、京アニ&Doのイベント「私たちは、いま!!」の響け!と届け!どちらにも参加するために、一週間の旅行計画を立てています。ただ、金がない。

 

だから

 

バイト、バイト、クソバイト、の、日々。

 

一年前までは半ば引きこもっていたというのになんだこの悪い意味で充実したリアルは。バイト戦士の戦いはまだ始まったばかりだよなぁ!?などと気合いを入れ、やりがいなんてものに酔わなければやってられねえぜ・・・

 

ブログをあまり更新してなかったのもそれらの理由で忙しかったからです。そういうことにしてくれ。あとスプラトゥーン2とかいうアーマーガンダムオンラインが発売されたのでそっちも忙しくて・・・FGOはもう食事みたいなものなので気にしない。

 

 

 

 ◆ ◆ ここから下三行余計 ◆ ◆

◆ ◆ ◆一人称バラバラ定期◆ ◆ ◆

 ◆ ◆ ここから下ネタバレ ◆ ◆

          ↑ 下ネタ、バレではない

(四行目も余計でした)

 

 

性懲りも無くのぞみぞれの話。最近はこのことばかり考えてて、その悲しさと美しさのあまり世界が素晴らしく思え、普段から温厚なぼくが一層他人に優しくなるという現象が起こっています。のぞみぞれは世界を救う。ちなみにスプラ2では味方批判しかしてません。

 

さて、今回は主に今後の推測・・・第二楽章後編についてです。後編のことを云々言うより前編で語ってない部分を補完するべきという意見もあるかもしれないがそれはそれ。前編は黄前久美子が強キャラすぎてなんとかなってるし、ねぇ・・・

しかし、問題は第二楽章後編で主に語られるであろう、みぞれと希美の関係。

最近では、この二人に「お別れ」が来てもいいのではないかと、冷静な自分が芽を出して言ってきている。

「テメエ前回あれだけのぞみぞれが結末を迎えたら耐えきれないとか言ってたじゃねえか!」と、物好きにこのクソブログを読んでくれている奴は息巻くのかもしれない。

けどあれは読後すぐ書いたやつで、つい突発的に感情が前に出すぎていただけなんだ。のぞみぞれの悲しい結末をどう描いてくれるのかをゾクゾク妄想する日々に差し掛かってもう3日は経っているぞ!

 

前編で麗奈が言っていた「幸福のジレンマ」は、僕の憶測では正しいんじゃないかと思っていています。前回のブログでも書いたように希美がみぞれの想いに気づき、それに重きを置かざるを得なくなり、次第に依存していく・・・即ち、のぞみぞれの幸福な「共依存」がここに誕生すると『リズと青い鳥』の筋書きに従えば想像出来ます。その至上の幸福を、いずれ失ってしまうのならと自ら手放してしまう。そんな悲しい結末が、この二人には待ち受けているのかもしれない。

そう考えればやはり「幸福のジレンマ」という言葉を編み出した高坂麗奈は強キャラだな〜〜!!と、一人感心しています。(後編出るまで分からない)

 

それが、のぞみぞれが『リズと青い鳥』の筋書き通りを行った場合の話。もう一つ私が邪推したのは、その結末を取り壊す場合の話。

『リズと青い鳥』は意味の深い童話ではあるが、同時に吹奏楽のための楽曲のことも指している。

つまりこの『リズと青い鳥』が完成しなければ、それは逆説的に、定められた結末から逃れられる、ということになる。

即ち、コンクールでの演奏の失敗。それが起こるとすれば、おそらくオーボエのフルートとのかけ合いの最中だろうか。或いは、忠実に曲をなぞろうとするあまり、曲のカットをせずに制限時間を超えてしまう、という結末も考えられる。

これならば、のぞみぞれ的には今後も関係が途絶えず、もしかしたらそのまま一緒の音大に行けるというハッピーエンドになるのかもしれない。しかし、当然そのコンクールで今年の北宇治高校吹奏楽部は終わる。

どう転んでも、なにかしらの断絶が待ち受けている。それを悲しまないわけがない。たとえ悲しさに心を震わせることをどこかで待ち望んでいる、欲深い俺がいるのだとしても。のぞみぞれには別れという概念が似合ってしまうのだと知っている、冷静な俺がいるのだとしても・・・

悲しいものは悲しく、やはりそうならないことを是とするのが、当然なのだ。

だから、俺はただ希う。

こんな憶測や邪推の上を行く、唯一つのハッピーエンドを。

 

 

さて、語りたいことは他にも山ほどありますが、時間と気力が足りないので大正義くみれいの話だけ。

この二人は大正義なのでなにも問題ないと僕は慢心していました。が、そんな心にものすごく威力のあるパンチを喰らわせられたのが今回の第二楽章前編だった。

大吉山のシーンで、麗奈は久美子といつまでも一緒にいられないんじゃないかという不安を露呈する。

そして久美子もそれを否定出来ず、 将来の漠然さに、今でさえぽっかりと空いた麗奈との距離に、不安を感じてしまう。

その不安定さに、見ているこっちが動揺してしまいました。自分のなかで理想像とされていたそれが、ここまで曖昧で危ういものなのかと。

 

だけど、俺は信じている。

麗奈の奏でる『リズと青い鳥』は、力強いものだったから。離れる悲しみよりも、青い鳥の幸福を。そうした強い意志を持って、受け止め抱えた悲しみをどこか感じつつも、ただ前を向く演奏だったから。

 

だから、俺は信じられる。

この二人ならきっと、断絶なんてものは越えられる。

 

だって、俺はあの時間を知っている。共に、同じに、心を響かせていたあの瞬間を知っている。それが真に大切なものなのだと、確かに心得ている。

 

だから、この二人だけは間違いない。この第二楽章を通して、成長し、答えを出す。そう信じるのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

俺は久石奏なのかもしれない。

ふと、バイトしてる最中にそう思ったりした。(たぶん頭がわるくなってきたのだろう)

うーーん、結局細かいことが書けなかった。いつか・・・またいつか・・・!加部ちゃん先輩のこととか書きたいジャン??

ということで今回はオワオワリ、ここまで読んでくれてありがとうございます。感謝します。

せっかく久々に更新したこのブログなので、次回があればまた会いましょう。

 

またナー!w

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

俺は久石奏なのかもしれない。

利己的な性格を演じてるのは、それがカッコいいと思っているから。

その良心が頭を出すのを自覚出来ず、なにもかも甘いからボロが出る。

 

だけど。

 

俺は久石奏のように可愛くはない。

俺は久石奏のように大胆にはいられない。

俺は久石奏のように強くなることは出来ない。

 

のぞみぞれの悲しさから目を逸らせば、久石奏に自己を問われる。

 

逃げ場はない、と悟る。

 

進まなければならないという焦り。まだ霧がかった、曖昧な明日へ。

 

もはやこんな自分を騙すことすら、難しいというのに。

 

 

波乱のベレーぼう(第二楽章)

色々と悩んだ結果保身に回り、久々の更新を注意書きから入る男。かっけぇ・・・

 

※ タイトルはてきとうです

※ 一人称がバラバラなのは深い意味がありそうでクッソ浅い意味なのであまり気にしないでください

※ これ書いてる段階ではあまり読み込めてないので確実にどこか変なこと口走ってます(小声)

※ 熱に浮かされて書いたものなので予防線とかそういうのじゃなく心からつまらないと思います。物好き以外は即ブラウザバック!!

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

今まで書いてきたこのブログぜーんぶ消してえなあってずっと思ってるんだけど、消してないのは普通に消すのがめんどくさいからで、そんなこんなで放置してたぶん半年は経ってる。なのにこうしていきなり更新をしだしたのは、ある程度黒歴史を重ねれば、めんどくささを凌駕する羞恥心によってこのブログは勝手に消えるんじゃないかなってピンと思いついたからです。

まあそれは嘘と言えば嘘で、ブログを書く理由が出来たから更新したってだけです。そもそも過去のブログに触れたくない・・・

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

さて、本題ですが本を読みました。まさに本題!!そのタイトルは・・・

 

響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編』

 

うーん、長い!w

 

この響け!ユーフォニアムシリーズは前にも紹介したことがあると思いますが、僕の大好きな作品群です。

「というか、よほど好きじゃなきゃブログなんて書かないじゃんお前・・・熱に浮かされて初めてそういうの書くし、時間が経てばすぐ冷めるよね」。もう一人のオレが脳内でそう言っているが、そんなことはどうでもいい。いや、いくら大好きな作品と言えど、触れてから時間が経てばこういうのを書く気力は微塵も無くなるから、実はどうでもよくない。というかこのブログほんとに更新されてるの??って今フリック入力しながら疑問に思ってるレベル。

いちおう作品の解説ぐらいするのが筋なんだろうけど、青髪ショタの童話作家の「能書きはいい」というセリフが頭をよぎったのでやめることにした。

 

 ◆ ◆ ── 以下、ネタバレ全開 ── ◆ ◆ 

 

童話作家と言えば!今回は本編に童話が出てきましたね!!

その名も『リズと青い鳥』!(実在しない、あくまでこの作品内の童話です)

久美子はこの童話にみぞれと希美の関係に似たものを見ていて、リズをみぞれに、青い鳥を希美に重ねていました。が、俺は初めてこの童話に触れた時点から、青い鳥をみぞれに、リズを希美に重ねていました。

その部分を読み進めていると出てきたのが、「オーイオイオイ、浅いわコイツ」と、久美子の考えを真に受けて俺を罵倒する脳内のオレ。けれど俺のこの直感は案外当たってるんじゃないかなーと、密かに後編に期待しています。そう、後編が出た時にドヤ顔でオレを見返しつつ、Twitterかどこかでこの文を載せるために今これを書いているのサ!(自己顕示欲丸出しで密かさが欠片もない)

というか、今までユーフォの小説を読んだ人ならば、これを読んで直感するのではないだろうか。立華編を読んだ人ならば、もっと顕著に。

でも「それ」を肯定しきれないのは、彼女がそんなキャラである筈がないという思い込みがあるから。俺には少なくともそういう思い込みがあったネ!

曖昧に含みのありそうななさそうなことを言っていて自分でも気持ちが悪いのでハッキリ言うと、この童話は希美(リズ)の主観によって語られたモノではないかと思います。

でも希美は、そんなキャラじゃない。そんなキャラじゃない筈なんだ!信じてくれ!!俺の知っている希美はそんなんじゃねえ!!もっと純粋で可愛いポニテ美少女で健康的な感じがたまらなく好きでもうアニメ二期放送当時はおれがみぞれになりたかった(布団の中でみぞれになれるように祈りまくったけどなれなかった)ぐらいなんだぞ、、!!!

それが、俺の思い込み。傘木希美というキャラクターへの解釈という名の、ただの勝手な思い込み。

けれどこの少女は、この波乱の第二楽章で、明らかに「不穏」な空気を醸し出している。

そう、傘木希美は!お前の思うようなキャラじゃない(可能性が高い)のだ・・・ッ!!

このように、俺の中の希美像をぶち壊しにしてきている(?)武田先生には感謝しかありません。言い方が悪いとは思うけれど、そういうの、性癖ど真ん中です。

 

もし、この『リズと青い鳥』が「そういうこと」ならば、今後のストーリー展開も読めてきます。ここでは流石にそれを言葉にはしませんが、それが後編で物語として確かに成り立ってしまえば・・・私はたぶん、耐えきれないのでしょう。

 

ところで久石奏ですよ(唐突)。

表紙絵でこのキャラクターを初めて見たときは、当然まだ名前も知らなかったし、この癖のある性格も知らなかった。けれど、

 

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発売前にTwitterでこんなことを呟いていました。

「クソ、顔が良すぎるぜコイツ」というのが第一印象。清廉潔白に見えながらも裏がある・・・などというキャラクター像は想像が容易く、逆に歪んでいそうで実はいい奴、という想像も出来ていました。本編を読むとどちらかと言えば後者に近かったのですが、イラストが本当に可愛くて、真実どういうキャラクターでも許せていたのだと思います。本編を読むまでは。

けれどこの波乱の第二楽章前編を読了すると、「いや〜、この顔はこのキャラクターじゃないとダメでしょ〜〜」と、オタクスマイルで手のひらクルー、或いはもう手のひらそのものがハンドスピナーと化したのだった(すぐ流行りに乗るミーハー)(意味不明)。

とにかくこのキャラクターは良い。久石奏はいいぞ。久石奏をすこれ。久石奏で抜くな。

なんだかんだこのキャラは善性だったのだと思いますが、立ち位置的にやはり物語を掻き乱してくるやべー奴です。波乱の第二楽章前編を単体で見れば、事実としてストーリーで久石奏が占める部分は多かったでしょう。いやむしろ今回のメインヒロインと言ってもいいのでは?

ともあれ僕は、同じ作り物にも拘らずそのあざとさがあすかのそれよりも好きでした。やはり後輩というステータスは大きい・・・

しかし久美子の言葉を借りれば、「詰めが甘い」ところが久石奏には確かに存在する。そこをピンポイントで見ればキャラクターとして少し単純ではあるけど、否それゆえか、この少女には味わい尽くせない味が出ていて、ホント無限にすこれる。

ユーフォ原作のHPにキャラ紹介のイラストが載っててそれもサイコに可愛いので是非見てくれ。モエー。http://tkj.jp/info/euphonium/#container

 

めったゃ可愛いし早く映像で見たいんだけどこれ来年の映画で観れるんですかね?今から期待が止まらない。

 

 

まあでも、コイツが主人公でいられるのは波乱の第二楽章前編単体でのお話。後編も含めるとなると、この第二楽章のメインヒロインは変わってくるでしょう。

ここで話は戻る。そう、我らがのぞみぞれにネ!!

 

後編を考えれば確実にみぞれと希美、この二人が第二楽章の主題でしょう。というか、この前編でさえプロローグとエピローグはのぞみぞれなんだからそらそうよ。

 

ちなみに余談ですが、僕はこの本を開き、プロローグを五行目あたりまで読んでから、一度パタンと閉じました。そして座っているベッドを五回ほど殴りました。そのとき僕の部屋の壁に掛けられた百均の鏡には、何故か悶絶しながら気持ち悪いオタクスマイルをしている人型(?)が写っていて、今の季節にはもってこいの怪談話になるなと思いました。

 

なにはともあれのぞみぞれの破壊力はすごい。

あまりに本編での二人の直接的な出番が少なかったからとプロローグで悶絶したのを忘れて途中久石奏に気を取られても、ちゃんと話が戻ってくるあたりのぞみぞれはすごい(このクソブログを書いてるクソブロガーはこういう成り行きに任せた話の進め方しかできない)。

そんなのぞみぞれの直接的な出番の少ない本編に、しかし確かに垣間見られる『リズと青い鳥』が、二人の今後の行き先を暗示しているとは先程も書きました。けれどだからこそもっと書かせろ、このドロッドロの果ての果てを──。

 

のぞみぞれ。この二人の関係性は、以前からある別の関係性に似ていると思っていました。

それは、同じ響け!ユーフォニアムシリーズ、『立華高校マーチングバンドへようこそ』(通称立華編)における、主人公佐々木梓と、ヒロイン(?)名瀬あみかの関係性です。

それは、名瀬あみかは佐々木梓に依存し、佐々木梓はその依存してくるあみかに依存する。というものでした。 次第にあみかは自立していき、様々な苦難の末に二人は良好な関係を手にするのですが(壮絶なネタバレ)(クッソ雑なネタバレ)、そうなる前の依存関係はのぞみぞれのそれによく似ているのではないでしょうか。ただ一つ、互いの自意識の有無を除いては。

そう、久美子一年生編における希美には、それがまるで感じられなかった。みぞれの依存に気づいていないと、少なくとも表向きにはされていた筈だった。ただこの時点でも佐々木梓と名瀬あみかの関係とのぞみぞれの関係が異なっていることは言えていたのだ。それは、依存する側の、あみかとみぞれの、違い。自立しようとしているか、していないかという「自意識の有無」。

 

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しかし波乱の第二楽章に入った今、その「自意識の有無」は、互いの自意識の有無として幅を広げる。

あみかは自立しようとしている、みぞれは自立しようとしていない。第二楽章では、そういった「依存する」側の自意識と共に、「依存される」側の自意識が重要視される。

ここで問題なのは、両者が共に「依存する」側であり、「依存される」側にもなっているということだ。

というのも、名瀬あみかは依存する側であると同時に、佐々木梓に「依存されている」と自覚する側でもあったから。

というのは、鎧塚みぞれは依存する側であるだけでなく──傘木希美に、自覚せず「依存される」側にもなり得てしまったから。

そんな筈がない、と数日前の私ならば言うでしょう。だって、希美に不穏などない。依存などない。純粋で、ある種天然で、みぞれの想いに気づいてなどいない筈だから。

いや、実際にそうだったのだろう。

いつか、我々の知り得なかった・・・いや、知ることの出来なかった瞬間までは。

いつか、希美がみぞれの想いに気づいてしまったその瞬間までは。

その瞬間を境界に、傘木希美には自意識が芽生えだした。佐々木梓と名瀬あみかには在った「それ」が。鎧塚みぞれには存在しない「それ」が。

──ただ、傘木希美に、芽生えだした。

 

それが、「依存されている」という、一つの単純な自意識。

その互いの自意識の有無が、『リズと青い鳥』に適合する関係性か否かを分かつ。

青い鳥には、最後までその自意識が存在しないように窺える。よって、両者がどこかで自意識を覚えている佐々木梓と名瀬あみかは、これに適合しない。

ただ、みぞれのみが自意識を持たないという、のぞみぞれのこの関係性だけが、この童話をなぞることができる。

なんだ。そうだとしたら、べつに傘木希美は傘木希美を貫いているだけなのかも知れない。

俺は本当に浅慮で、その事実に気づくことにすら時間と過程を要した。

傘木希美の不穏は、彼女の真っ直ぐな性格故の不穏。

救いようのないほどの、純粋で綺麗なキャラクター。

「幸福のジレンマ」により、大好きな青い鳥を籠から遠き空へと旅立たせてしまうだけの、ただそれだけのこと。

なのにきっとその愛のあり方は、その愛ゆえの決断は、どこまでも悲しく、救いを持たないのだろう。

 

──結局のところ、俺はこの波乱の第二楽章の後編を読んで、耐えきれる自信が無い。

 

ああ、それでも。

 

俺は本当に浅慮だから、こんな予想の、その上を行く、ハッピーエンドの存在を見落としているかもしれない。

そんなものに期待してしまうのは、きっと精神がすり減っている証拠。

 

けど、それでも。

 

──俺はそんな、どんでん返しのハッピーエンドに、期待したいんだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

・終わりに

 

終盤マジでのぞみぞれの救いのNASAにブロガーの精神が持たなくて中盤までのクソみたいなネタ要素の代わりに厨二臭さを醸し出したこのクソブログだが、とりあえずここまで読んでくれたキミに感謝だけはしたいと思う。サンキュー!!

次は序盤中盤終盤隙がないブログを、皆さんに見せたいね。(本編の久石奏以外のこと全然話せてないので続くかもしれません)

 

 

 

じゃあな!

『FGO』は効率を追求して遊ぶゲームではない?

今回は『Fate/Grand Order』(以下、FGO)というソーシャルゲームについて書きたいと思います。

私はリリース当初からこのゲームをインストールしており、途中ログインが途切れた時期もありましたが約一年半プレイし、現在まで続けて来た身です。

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そんな私ですが、最近このゲーム史上最も呆れたことがありました。

それが、FGOのディレクターを務めていらっしゃる塩川氏のインタビュー記事です。

https://twitter.com/dengekionline/status/846628901317066753

 

どうやらこの記事に関して私以外にも疑問を抱いた人はいるようで、ネット上ではプチ炎上しています。

そんななか私が不満を抱いたのはどの点かと言うと、記事の後半に書かれた塩川氏の読者質問に回答するコーナー、その回答の5番目にあたる、「宝具スキップ」の件です。

『FGO』では、戦闘において「宝具」というコマンドが存在します。これは所謂「必殺技」のようなもので、NPというゲージを100%以上溜めることで使用可能になります。ただしこの「宝具」は、(必殺技に似た位置付けなので当然と言えば当然ですが)演出が派手で、長いです。

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もちろんそれが魅力なのは分かります。しかし、必ずしもその演出がメリットになりうるとは言えないのではないでしょうか。

このゲームを真面目に進めようとすれば同じクエストを複数回行う場面に必ず出くわします。そういった場面で同じ宝具演出を何度も見るのは単純に「飽き」が回ってきますし、「効率的」ではありません。時間の無駄遣いとも言えるでしょう。

しかし今回のインタビューで、塩川氏はその宝具を「スキップ」するという、ユーザーから求められていた機能の実装を「優先しない」とするとともに、「根本的に『FGO』は効率を追求して遊ぶゲームではないんです。」と発言をしています。

なるほど確かに根本的にはそうなのでしょう。が、このゲームで「根本」という言葉に該当する場面はあまりに少なすぎるのではないでしょうか。

例えばそれは、メインストーリーの重要なクエストを突破する場面。

例えばそれは、お気に入りのキャラで高難易度のクエストを突破する場面。 

これらはプレイヤーにとって大切で、このゲームの根幹を成すに値するものでしょう。そういった場面で宝具演出を逃さず見せたい、という考えには頷けます。

しかし、この『FGO』というゲームでは、そのようなクエストよりも圧倒的に、宝具演出の要らない、「時間が許す限り何度でも挑戦出来る」クエストを行う回数が多いです。

それらのクエストは基本的に「キャラの育成」のためのものです。長くなるため詳しくは書けませんが、このゲームではキャラを育てるに当たって、キャラに合成するための経験値である「種火」や、レベル上限を上げたりスキルレベルを上げるための「アイテム」、それら全てに必要となるゲーム内の資材である「QP」などが必要不可欠です。

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恒常のクエストでそれらを集めることも可能になってはいますが、期間限定で開催される「イベント」ではより集めやすくなっています。

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ただ、どちらにせよキャラを育てるためにはクエストを「複数回行う」ことが必要となります。即ち、これらのクエストは「作業」になりがちなのです。

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であれば、プレイヤーはそのクエストを「効率的にこなしたい」と考えるのが普通でしょう。

しかし、そういったプレイヤーの考えに対し、今回の塩川氏の発言は「『FGO』は根本的に効率を追求すべきでないんだから、『FGO』のどのクエストでも効率を追求すべきでない」と回答しているようなものなのです。この「だから」が「=」になりうると思っているのです。

この発言はプレイヤーの時間を軽視しているとともに、今までに効率を重視して『FGO』を進めてきたプレイヤーに対し「システムを誤解している」と言っているようにも取れるものでしょう。

少し捻くれすぎた考えかも知れませんが、事実私はそう思わざるを得ませんでした。

これが、私が塩川氏の発言に対し不満を抱いた経緯です。

今まで一年半続けていたゲームの進め方を、「間違ってるよ」と他でもないゲームの運営側から言われたようで、心底呆れてしまいました。

 

私の意見とすれば、「複数回挑戦出来るクエストにおいては、一回クリア後二周目以降は宝具のスキップを可能にする」機能があればいいと思うのですが、一プレイヤー目線のその意見がこのゲームにおいて適切であるとは言い切れませんし、反論を寄せられる可能性もあるのでしょう。

ですが、これだけは言えます。

 

「宝具スキップ」を実装する・しないに関わらず、「『FGO』のどのクエストでも効率を重視するべきでない」と取れる回答をしたことがおかしい。

ユーザーから時間を奪うことに、宝具演出を何度も見せることに、ユーザーの思いを裏切るような回答をしたことがおかしい。

 

それが私が呆れ、指摘したいと思った点です。

そこに「届けたい意味」 などという思わせぶりな言葉を被せられても、一プレイヤーである私としては納得が出来ません。

そういった納得の出来ないプレイヤーは切り捨てる、という考えならば、それはあまりに顧客を厳選しすぎなのではないでしょうか。そうだとしたのならば心底呆れんばかりです。

このブログで私は塩川氏に何を求めるわけでもありません。しかし、筋の通っていない回答をユーザーに押し付けるような人が運営しているゲームを、私はもう心から楽しむことが出来ないでしょう。

このゲームのストーリーや、戦闘の仕様を好いていただけに、非常に残念に思います。

 

最後になりますが、いくら根幹に効率を持ち込むべきでないゲームでも、キャラの育成要素があれば効率化の問題は付きまといます。

「そこに手間や時間を消費することが重要だ」とどれだけ言い張ろうが、効率化を図った方が数字の面で愛を注いでいるように見えるものです。

であれば、根幹と食い違っているようでもその問題とは寄り添うべきであり、手間は必要でも時間の面では短縮できる機能の実装を「優先しない」とするべきではないのだと、私は考えます。

 

長くなりましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました☺️

 

 

浮気だけは許せません。ベレーぼうです。

結婚はしていないとしても、恋人という関係でいる以上浮気はよくないと思います。。

相手の気持ちを踏みにじるような行為は絶対にしたくないし、相手がしていたとしたら許せない。。

断じて言います、浮気だけは許せません。

 

 

 

 

 

 

 

 

でもやっぱ浮気されたとしてそれを暴露する奴も人としてアレやしお似合いってことで浮気はあってもいいんじゃないですかね笑

 

先日の続き

投稿したSSについてです。

今回は人生初のSS投稿だったのですが、現時点でも何人かの方々に「すき!」を押して頂いており、嬉しい限りです。

そんなこともあり、SSに対して補足を書かせて頂ければなと思います。

今回のSSは、あくまで2期OPの映像に映っていた景色からインスピレーションを起こした形です。

「そこ(本編)に素材があった」からという理由で、アニメや原作に出来るだけ寄り添う形で書きました。本来二次創作で全面に押し出すべきなのかもしれない「自分らしさ」も極力切り捨てたつもりです。

 

さて、私は吹奏楽の経験もなければ、久美子や麗奈と性別も異なります。彼女たちとは、生きている世界が違うのです。なので私は本来、彼女らの生きる日常を繊細に描くには値しません。

それでも書いてしまったということは、そこになにかミスが生じている可能性が極めて高い。

たとえば久美子が楽器を持ち帰るときに入れた部活で使うケースはおそらく担げるものではないのですが、大吉山ではアニメ1期8話のように当然担いで運ぶイメージになっています。

さらに、通常滝先生が私用で部活に休みを入れることはありません。一応裏設定では奥さんとの結婚記念日ということにしていますが、本編では奥さんの命日ですら「学校が休みになったから花を買いに行った」という捉え方もでき、本来なら部活をしていた可能性も拭い切れず裏付けが足りていません。

このSSの目的は久美子と麗奈のやり取りを描くためなので、前述した部分が雑なのはそこに尺を使いたくないという意識の現れです。原作小説やアニメには申し訳が立ちません。

そして一番懸念すべきは、久美子と麗奈のやり取りに不備があることです。ここには細心の注意を払ったつもりですが、人によっては受け入れ難い部分もあったかもしれず、不安に駆られます。

ともあれ、本編に寄り添いつつも、どこかで「SSだから許される」という考えを持ち作り上げてしまったものは、私がそう自覚している以上私の中ですら「完全な本編」にはなり得ません。これはSSなので言葉にすれば当然ですが。

そのため、昨日の記事にも書いたようにこれは「if」に過ぎないのです。

 

しかし、確かにその「if」を評価してくれる人がいる。それだけで私も、これを書いた価値や意味があるのだなと思えました。

なので、ここからはその「if」の解説をさせていただければと思います。

 

まず私は、このSSで「百合」を描こうとしたのではありません。

そもそも、本来久美子と麗奈の関係を、私は単なる百合ではないと解釈しています。

では、久美子と麗奈を介して何を描きたかったのかと言うと、それはまさしく「響き」に他ならない。

そもそも私が『響け!ユーフォニアム』という作品を愛しているのは、この「響き」の表現が素晴らしいからなのです。

その表現とは、ただ音が響くという意味ではありません。登場人物の心、或いは魂が「響き合う」という事なのです。そこに楽器の響きを用いていることで、音楽が感情の暗喩になるとともに、この作品は芸術性を増しています。

そして私が思うに、その「響き合う」ことの尊さは、何物にも代えがたい。天秤に乗せた瞬間に、その秤が壊れてしまうほどに。それは「百合」などと使い古された表現では、とても形容し切れない素晴らしさを持っているのです。

だから、私はこの「if」で、私なりの表現をしたかった。私なりに、久美子と麗奈のなにかが響き合う様を、描きたかった。

それを評価してくださるということは、何度も言いますが本当に嬉しい限りです。ありがとうございます。

結果私は、切り捨てるつもりの「自分らしさ」を無自覚に絞り出していたのかもしれません。自分が感じた素晴らしさを自分の言葉で表現し、それを認めて貰いたかった。

それが少しでも実現したことが本当に嬉しくて、うち明かしたくて、私は今ここに駄文を連ねています。

それを読んでくださったあなたにも、感謝の念を申し上げざるを得ません。 

ありがとうございました。

 

最後に、知識無しになにかの縁でこのブログを読んでいる方には、是非とも『響け!ユーフォニアム』という作品に触れて、私のSSを読んでいただければなと思います^^

 

終わり^^

SSを書きました

本日二度目の投稿。

自らの不注意でユーフォのイベントに行きそびれた男が、ユーフォのSSを書きました。

 

http://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7887036

 

文体は基本原作リスペクトですが、登場人物の口調は標準語とし、設定自体も原作とアニメをごっちゃにしています。

この二次創作はいわゆるifで、作品で実在した可能性の少ないものだとお考え下さい。

一応、二期OPに映る、原作やアニメ本編では語られなかった夕暮れ時の大吉山の二人をモチーフにしています。

f:id:Bereboubishoujyo:20170302234126p:image

 

細心の注意を払ってはいますが、至らない点があればお申し付け下さい。

 

今日はもう疲れたので、付け加えることがあれば後日投稿します。

このSSを読んで、楽しんでいただければ幸いです。

本当に申し訳ありませんでした。

久しぶりの更新ですが、これは謝罪文です。

何に対してかと言うと、響け!ユーフォニアム2のイベントに当選していたのにも関わらず、チケットの払い込みをしなかったことです。

忘れていた、というのが真実です。ですが、心の片隅にイベントがあるという意識があったのにも関わらず、応募したのにも関わらず、払い込みをしなかった。

要するに、きっとどこかで「後回し」にしていたのです。軽視していたのです。

これは到底許されることではなく、当選が取り消しになるのは全くもって当然です。また、再度応募する資格すらも、今の私には無いのだと思います。

今回の件では、大切な趣味にすらも真摯に向き合えない自分に深く憤りを覚えるとともに、スタッフの皆様へは大変に迷惑をかけたことを誠に申し訳ないと思っております。

自分を病気なのではないかと疑いもしています。人間誰でも失敗はある、とは言いますが、このようなことがあるようでは脳に障害があると考えてもなんらおかしくはないでしょう。

けれど、ただ許してほしい。社会の癌でしかないような私が、この素晴らしいコンテンツに関わり、このような失態を犯してしまったことを。なにより、これからもこのコンテンツを好きでいることを。

イベントチケットの払い込みを忘れる程度の「好き」でしかなかったのは認めざるを得ませんし、大いに反省しております。しかしながら、私は本来の作品が「好き」なことに変わりはなく、例え脳に障害を患っていようとも、応募した日から今日まで、この作品のことを思い出さなかった日は一日たりともありません。それだけは何に誓ってでも言えます。

 

最後になりますが、重ねてお詫び申し上げます。

響け!ユーフォニアム』という素晴らしい作品を作り上げて下さった関係者の皆様、チケット販売を行って下さったポニーキャニオンのスタッフの皆様、この度は私自身の注意力の無さによりチケットの払い込みをしなかった、という失態をお許しください。

今後、この作品に触れることをお許しください。

 

本当に、申し訳ございませんでした。