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ベレー帽の風景

少年の成長記、或いはその断絶記

大学二年を迎える男の中二病

 前々から、ブログというものには興味を持っていた。

 自分の考えを言葉にし、表現できる場所というものは、良い。

 ならば何故、今までそれをしなかったのかと言えば…それはTwitterというコンテンツが大きいのだろう。

 高校一年のときから続けていたTwitterはブログに似た面もあり、私は一時それに依存しきっていた。もっとも、それは自己顕示欲よりも自己承認欲求によるものだろうが…

 惰性でブログに踏み込めなかった私が今こうして文字を連ねているのは、他でもない。変わりたい、その惰性を乗り越えて、変わりたいからだろう。

 こんなくっさい自分語りもいつか誰かの目に触れるのかと考えると、たまらない。変わるとか、大学生になって一年が経とうとする今じゃ遅かろうに。

 …だから、少しでも見てくれているあなたの目を腐らせないために、今後は自分語りも程々にしたいと思っている。


 だが、そうだな。


 敢えて言わせてもらうのならば、私は。

 

 ある意味でだけ、この世の真理に達してしまった敗者だ。


  「真理」という言葉にそれ程の偉業を、と思うかもしれないが、あくまで敗者だ。


 真理を得ながら、それを中途半端にしか知り得ない。


 まして、こんな風に思わせぶりなことを書いてしまうような。


 けれど、敗者ならば敗者のまま、特別になりたい。


 勝者になりたくない、と言うのは…ウソかもしれないけど。


 でも、俺は、まず。特別になりたい。


 このブログが、その踏み台になるのか、或いはなんなのか。今の私は知る術もない。


 こんなことを書くのは、色々ある作品に影響され過ぎなのかもしれない。


 けれど少なくとも、変わりたいというものの正体が、これまた曖昧模糊としたものだが…「特別になりたい」という熱なのだろう。


 ならば、私はこれを成長記と呼んでおく。


 真理に辿り着いたという少年の、未だ知り得ないものを探り、自分を変え、今度は真に特別になるための…




 否、そうとも限るまい。


 これは私の思想に反する言葉だが、どこか俯瞰している私はこう告げる。


 これは、ありふれた中二病の、ただ美しくなどなく、誰に認められるべきでもない…



 断絶記、であると。