ベレー帽の風景

少年の成長記、或いはその断絶記

波乱のベレーぼう(第二楽章)

色々と悩んだ結果保身に回り、久々の更新を注意書きから入る男。かっけぇ・・・

 

※ タイトルはてきとうです

※ 一人称がバラバラなのは深い意味がありそうでクッソ浅い意味なのであまり気にしないでください

※ これ書いてる段階ではあまり読み込めてないので確実にどこか変なこと口走ってます(小声)

※ 熱に浮かされて書いたものなので予防線とかそういうのじゃなく心からつまらないと思います。物好き以外は即ブラウザバック!!

 

 

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今まで書いてきたこのブログぜーんぶ消してえなあってずっと思ってるんだけど、消してないのは普通に消すのがめんどくさいからで、そんなこんなで放置してたぶん半年は経ってる。なのにこうしていきなり更新をしだしたのは、ある程度黒歴史を重ねれば、めんどくささを凌駕する羞恥心によってこのブログは勝手に消えるんじゃないかなってピンと思いついたからです。

まあそれは嘘と言えば嘘で、ブログを書く理由が出来たから更新したってだけです。そもそも過去のブログに触れたくない・・・

 

 

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さて、本題ですが本を読みました。まさに本題!!そのタイトルは・・・

 

響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章 前編』

 

うーん、長い!w

 

この響け!ユーフォニアムシリーズは前にも紹介したことがあると思いますが、僕の大好きな作品群です。

「というか、よほど好きじゃなきゃブログなんて書かないじゃんお前・・・熱に浮かされて初めてそういうの書くし、時間が経てばすぐ冷めるよね」。もう一人のオレが脳内でそう言っているが、そんなことはどうでもいい。いや、いくら大好きな作品と言えど、触れてから時間が経てばこういうのを書く気力は微塵も無くなるから、実はどうでもよくない。というかこのブログほんとに更新されてるの??って今フリック入力しながら疑問に思ってるレベル。

いちおう作品の解説ぐらいするのが筋なんだろうけど、青髪ショタの童話作家の「能書きはいい」というセリフが頭をよぎったのでやめることにした。

 

 ◆ ◆ ── 以下、ネタバレ全開 ── ◆ ◆ 

 

童話作家と言えば!今回は本編に童話が出てきましたね!!

その名も『リズと青い鳥』!(実在しない、あくまでこの作品内の童話です)

久美子はこの童話にみぞれと希美の関係に似たものを見ていて、リズをみぞれに、青い鳥を希美に重ねていました。が、俺は初めてこの童話に触れた時点から、青い鳥をみぞれに、リズを希美に重ねていました。

その部分を読み進めていると出てきたのが、「オーイオイオイ、浅いわコイツ」と、久美子の考えを真に受けて俺を罵倒する脳内のオレ。けれど俺のこの直感は案外当たってるんじゃないかなーと、密かに後編に期待しています。そう、後編が出た時にドヤ顔でオレを見返しつつ、Twitterかどこかでこの文を載せるために今これを書いているのサ!(自己顕示欲丸出しで密かさが欠片もない)

というか、今までユーフォの小説を読んだ人ならば、これを読んで直感するのではないだろうか。立華編を読んだ人ならば、もっと顕著に。

でも「それ」を肯定しきれないのは、彼女がそんなキャラである筈がないという思い込みがあるから。俺には少なくともそういう思い込みがあったネ!

曖昧に含みのありそうななさそうなことを言っていて自分でも気持ちが悪いのでハッキリ言うと、この童話は希美(リズ)の主観によって語られたモノではないかと思います。

でも希美は、そんなキャラじゃない。そんなキャラじゃない筈なんだ!信じてくれ!!俺の知っている希美はそんなんじゃねえ!!もっと純粋で可愛いポニテ美少女で健康的な感じがたまらなく好きでもうアニメ二期放送当時はおれがみぞれになりたかった(布団の中でみぞれになれるように祈りまくったけどなれなかった)ぐらいなんだぞ、、!!!

それが、俺の思い込み。傘木希美というキャラクターへの解釈という名の、ただの勝手な思い込み。

けれどこの少女は、この波乱の第二楽章で、明らかに「不穏」な空気を醸し出している。

そう、傘木希美は!お前の思うようなキャラじゃない(可能性が高い)のだ・・・ッ!!

このように、俺の中の希美像をぶち壊しにしてきている(?)武田先生には感謝しかありません。言い方が悪いとは思うけれど、そういうの、性癖ど真ん中です。

 

もし、この『リズと青い鳥』が「そういうこと」ならば、今後のストーリー展開も読めてきます。ここでは流石にそれを言葉にはしませんが、それが後編で物語として確かに成り立ってしまえば・・・私はたぶん、耐えきれないのでしょう。

 

ところで久石奏ですよ(唐突)。

表紙絵でこのキャラクターを初めて見たときは、当然まだ名前も知らなかったし、この癖のある性格も知らなかった。けれど、

 

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発売前にTwitterでこんなことを呟いていました。

「クソ、顔が良すぎるぜコイツ」というのが第一印象。清廉潔白に見えながらも裏がある・・・などというキャラクター像は想像が容易く、逆に歪んでいそうで実はいい奴、という想像も出来ていました。本編を読むとどちらかと言えば後者に近かったのですが、イラストが本当に可愛くて、真実どういうキャラクターでも許せていたのだと思います。本編を読むまでは。

けれどこの波乱の第二楽章前編を読了すると、「いや〜、この顔はこのキャラクターじゃないとダメでしょ〜〜」と、オタクスマイルで手のひらクルー、或いはもう手のひらそのものがハンドスピナーと化したのだった(すぐ流行りに乗るミーハー)(意味不明)。

とにかくこのキャラクターは良い。久石奏はいいぞ。久石奏をすこれ。久石奏で抜くな。

なんだかんだこのキャラは善性だったのだと思いますが、立ち位置的にやはり物語を掻き乱してくるやべー奴です。波乱の第二楽章前編を単体で見れば、事実としてストーリーで久石奏が占める部分は多かったでしょう。いやむしろ今回のメインヒロインと言ってもいいのでは?

ともあれ僕は、同じ作り物にも拘らずそのあざとさがあすかのそれよりも好きでした。やはり後輩というステータスは大きい・・・

しかし久美子の言葉を借りれば、「詰めが甘い」ところが久石奏には確かに存在する。そこをピンポイントで見ればキャラクターとして少し単純ではあるけど、否それゆえか、この少女には味わい尽くせない味が出ていて、ホント無限にすこれる。

ユーフォ原作のHPにキャラ紹介のイラストが載っててそれもサイコに可愛いので是非見てくれ。モエー。http://tkj.jp/info/euphonium/#container

 

めったゃ可愛いし早く映像で見たいんだけどこれ来年の映画で観れるんですかね?今から期待が止まらない。

 

 

まあでも、コイツが主人公でいられるのは波乱の第二楽章前編単体でのお話。後編も含めるとなると、この第二楽章のメインヒロインは変わってくるでしょう。

ここで話は戻る。そう、我らがのぞみぞれにネ!!

 

後編を考えれば確実にみぞれと希美、この二人が第二楽章の主題でしょう。というか、この前編でさえプロローグとエピローグはのぞみぞれなんだからそらそうよ。

 

ちなみに余談ですが、僕はこの本を開き、プロローグを五行目あたりまで読んでから、一度パタンと閉じました。そして座っているベッドを五回ほど殴りました。そのとき僕の部屋の壁に掛けられた百均の鏡には、何故か悶絶しながら気持ち悪いオタクスマイルをしている人型(?)が写っていて、今の季節にはもってこいの怪談話になるなと思いました。

 

なにはともあれのぞみぞれの破壊力はすごい。

あまりに本編での二人の直接的な出番が少なかったからとプロローグで悶絶したのを忘れて途中久石奏に気を取られても、ちゃんと話が戻ってくるあたりのぞみぞれはすごい(このクソブログを書いてるクソブロガーはこういう成り行きに任せた話の進め方しかできない)。

そんなのぞみぞれの直接的な出番の少ない本編に、しかし確かに垣間見られる『リズと青い鳥』が、二人の今後の行き先を暗示しているとは先程も書きました。けれどだからこそもっと書かせろ、このドロッドロの果ての果てを──。

 

のぞみぞれ。この二人の関係性は、以前からある別の関係性に似ていると思っていました。

それは、同じ響け!ユーフォニアムシリーズ、『立華高校マーチングバンドへようこそ』(通称立華編)における、主人公佐々木梓と、ヒロイン(?)名瀬あみかの関係性です。

それは、名瀬あみかは佐々木梓に依存し、佐々木梓はその依存してくるあみかに依存する。というものでした。 次第にあみかは自立していき、様々な苦難の末に二人は良好な関係を手にするのですが(壮絶なネタバレ)(クッソ雑なネタバレ)、そうなる前の依存関係はのぞみぞれのそれによく似ているのではないでしょうか。ただ一つ、互いの自意識の有無を除いては。

そう、久美子一年生編における希美には、それがまるで感じられなかった。みぞれの依存に気づいていないと、少なくとも表向きにはされていた筈だった。ただこの時点でも佐々木梓と名瀬あみかの関係とのぞみぞれの関係が異なっていることは言えていたのだ。それは、依存する側の、あみかとみぞれの、違い。自立しようとしているか、していないかという「自意識の有無」。

 

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しかし波乱の第二楽章に入った今、その「自意識の有無」は、互いの自意識の有無として幅を広げる。

あみかは自立しようとしている、みぞれは自立しようとしていない。第二楽章では、そういった「依存する」側の自意識と共に、「依存される」側の自意識が重要視される。

ここで問題なのは、両者が共に「依存する」側であり、「依存される」側にもなっているということだ。

というのも、名瀬あみかは依存する側であると同時に、佐々木梓に「依存されている」と自覚する側でもあったから。

というのは、鎧塚みぞれは依存する側であるだけでなく──傘木希美に、自覚せず「依存される」側にもなり得てしまったから。

そんな筈がない、と数日前の私ならば言うでしょう。だって、希美に不穏などない。依存などない。純粋で、ある種天然で、みぞれの想いに気づいてなどいない筈だから。

いや、実際にそうだったのだろう。

いつか、我々の知り得なかった・・・いや、知ることの出来なかった瞬間までは。

いつか、希美がみぞれの想いに気づいてしまったその瞬間までは。

その瞬間を境界に、傘木希美には自意識が芽生えだした。佐々木梓と名瀬あみかには在った「それ」が。鎧塚みぞれには存在しない「それ」が。

──ただ、傘木希美に、芽生えだした。

 

それが、「依存されている」という、一つの単純な自意識。

その互いの自意識の有無が、『リズと青い鳥』に適合する関係性か否かを分かつ。

青い鳥には、最後までその自意識が存在しないように窺える。よって、両者がどこかで自意識を覚えている佐々木梓と名瀬あみかは、これに適合しない。

ただ、みぞれのみが自意識を持たないという、のぞみぞれのこの関係性だけが、この童話をなぞることができる。

なんだ。そうだとしたら、べつに傘木希美は傘木希美を貫いているだけなのかも知れない。

俺は本当に浅慮で、その事実に気づくことにすら時間と過程を要した。

傘木希美の不穏は、彼女の真っ直ぐな性格故の不穏。

救いようのないほどの、純粋で綺麗なキャラクター。

「幸福のジレンマ」により、大好きな青い鳥を籠から遠き空へと旅立たせてしまうだけの、ただそれだけのこと。

なのにきっとその愛のあり方は、その愛ゆえの決断は、どこまでも悲しく、救いを持たないのだろう。

 

──結局のところ、俺はこの波乱の第二楽章の後編を読んで、耐えきれる自信が無い。

 

ああ、それでも。

 

俺は本当に浅慮だから、こんな予想の、その上を行く、ハッピーエンドの存在を見落としているかもしれない。

そんなものに期待してしまうのは、きっと精神がすり減っている証拠。

 

けど、それでも。

 

──俺はそんな、どんでん返しのハッピーエンドに、期待したいんだ。

 

 

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・終わりに

 

終盤マジでのぞみぞれの救いのNASAにブロガーの精神が持たなくて中盤までのクソみたいなネタ要素の代わりに厨二臭さを醸し出したこのクソブログだが、とりあえずここまで読んでくれたキミに感謝だけはしたいと思う。サンキュー!!

次は序盤中盤終盤隙がないブログを、皆さんに見せたいね。(本編の久石奏以外のこと全然話せてないので続くかもしれません)

 

 

 

じゃあな!